【企画展】上村松園―美人画の精華 展行ってきた

@山種美術館
(写真は美術館の許可を得て撮影しています)

上村松園
京都生まれ京都育ち、女性として初の文化勲章受章者(1948年)。
子に上村松篁、孫に上村淳之と三代続く画家一家です。
松篁と淳之は花鳥画を主に描き、松篁は不染鉄と合作もしている(不染鉄展に出品)。そして淳之は現在松伯美術館館長を務めており、ワンコを抱きしめたアー写が魅力な文化功労者です。

松園は生涯通じて美人画を描いているんだけど、決して「美人(ビジュアル重視)を描くぞ」とはしていない。なんというか、「この人は一人でも生きていけるのだろうな」と思わせる女性像を描いている。自立しているというのともまた違う、庇護欲を掻き立てないというか、ある意味サバイバル能力が高そうというか。
まあ、結果的にルックス面でも美人になっているのだけれど、松園の美人画に関してルックスは二の次。観るべきは、その全てが醸し出すオーラだと思うんですよ。

そんなわけで、「一人で生きていかざるを得ないであろう」私はちょっと見習ったほうがいいよね~……ということで、始まったばかりの上村松園展に行ってきました。

 

―――で、行ってきた感想をこれから書くわけですが、その前に!!公式が伝える見どころに加えて、個人的な見どころを伝えたい!!!!


公式による見どころ+個人的な見どころ

  1. 山種コレクションの松園作品全18点を一挙公開!
    日本屈指のコレクションを誇る山種美術館に所蔵されている《蛍》、《砧》、《牡丹雪》を含む18点をすべて公開。松園と親しかった同館創立者・山崎種二。奥様が松園ファンだったそうな。そんな二人のやりとりした葉書も展示。
  2. その時代に流行したファッション、装いにも注目しながら鑑賞できる!
    多くの美人画にはその時の流行が反映されています。そんな時代を象徴する装いが楽しめるのも、美人画の変遷を追ったこの展覧会ならでは。
  1. 画家の個性が反映された舞妓と芸妓たち、大集合!!
    後述しますが、男性画家と女性画家では同主題がどのように描かれているか見比べると、なかなかその違いが興味深いことが分かります。
  1. (※私の個人的な見どころ)池田輝方の《夕立》を観てくれ!!!!!!!!
    これは私個人が紹介したい見どころなんですが、この絵は本当に心に焼き付くので、ぜひある一定層の人には観てほしい……。詳しくは第4章で説明します。

 

 

 

第1章:上村松園―香り高き珠玉の美

 

上村松園展は全4章で構成されており、松園のみで固めたのがこの第1章。日本屈指の松園コレクションを誇る山種美術館に所蔵されている18点すべてが並べられるというから、それだけでも見る価値ありです。(※第1章での展示は17点、もう1点は2章で展示)

章の感想に入る前に書いておきたいのが、入ってすぐの壁面にある松園が描いた女性たちの髪型を解説したパネル

松園好みの髪型解説パネル

そう、こういうの欲しかった!
時代や職業、階級によっての違いは何となくわかるけど、解説がなかなか無かったので大変ありがたい。浮世絵は丸髷が多いですよね。そして椎茸髱つぶ髷という名、初めて知ったな……。しいたけ……。
上の「見どころ2」にも書いたけど、章を通じて作品を見ていくと、着物の柄からアクセサリーまで、その時代時代で流行がしっかり描き込まれていることがわかります。そういったものを楽しみながらの鑑賞も、江戸から現代までの美人画が揃った本展ならではといったところでしょう。

 

さて本編へ。会場に入ると一番最初に迎えてくれるのが、この《蛍》

上村松園《蛍》(山種美術館所蔵)

松園は美人画を描くにあたり、「真・善・美の極致に達した本格的な美人画を描きたい」と語っておりました。

真・善・美の極致って言われるとなんかもうすごい感じなんだけど、実際作品を見ると仰々しさはなくとても清々しい。ああ、松園の言うその“極致”って、もしかしたら心身ともに清潔であることなのかもしれない。……っていうのが、この《蛍》を観るとわかるんですが。

上村松園《蛍》※部分  おくれ毛すら清楚である

更なる松園の言葉を知って納得。

”蚊帳に美人というと聞くからに艶かしい感じを起させるものですが、それを高尚にすらりと描いてみたいと思ったのがこの図を企てた主眼でした。良家の婦人を表したのです。”

―――これだわ

エロくなりがちなシチュエーションすら涼しげに清らかに描く。これですよ。色気のタイプが清潔なんです。

……もうな、答えが出ちゃった気がするけど、これが男性画家との違いなんじゃないかな~~と思うわけです。いや、男性画家の描く艶っぽい女性像も大好きなんですけど、なんとなく男性の描く美人画は「恋愛」とか「女であること」にダイレクトに結びつける傾向があるように思えるんです。
まあそりゃそうなんですよ、男性から見て異性を描くなら、個人的なものと一般的なものを総合させて「女というもの」をイメージして描かなきゃならないから。
そして美人画ともなれば、俺の考える最高の美人や、人々が思わず見惚れてしまう女性がそこに投影されるわけで、容姿端麗は外せない項目となってくるし、女性らしい仕草や恋愛をテーマにしてこそそれが際立ってくる。

しかしですよ。松園は女性なので、女という性質はどういうものかっていうのはもう知っているわけです。だから女らしさを出そうという意識の根っこがそもそも違うんじゃないかと思うのです。

上村松園《春のよそをひ》(山種美術館所蔵)
この微笑みも、誰かに向けてというより、何か楽しいことを考えて微笑んでいるように見える。

松園の絵を観ると「ガチ恋愛体質の女」っていないような気がします。
夜に一人遠く離れた夫を想う貞淑な妻であれ、物想う娘であれ、色恋はあったにせよそれ以前にまず生活がある、女である以前に日々をしっかり送っている個人を描いているように見えるんです。

季節を楽しみ、耳を澄まし、心をしっかり持って笑って。身分の高い人も一般の人も、雑に生きていない。そういう凛としたところが共通してあるんです。
現代で良くいわれるダサピンクみたいなのが松園にはないんですよ(もちろん本展に出品されている男性画家にもないですが)。だから媚びてるところがないし、一人で生きていけそうだなって思えるのかもしれない。

と、私なんぞがだらだら書くよりも、本人が完璧&簡潔に説明しているのでご紹介。

”女性は美しければよい、という気持ちで描いたことは一度もない。
一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香高い珠玉のような絵こそ私の念願とするところのものである。”

そう。ほんとこれ。美しければよいという気持ちで描いていないのが良いのです。
そうそう、絵を観るのはもちろんなんだけど、表装にもぜひ注目してもらいたい。

上村松園《春芳》(山種美術館所蔵)

上下に使われている裂は、辻が花風の江戸時代の小袖に使われたと思われる裂地です。松園の表装は自分で布を選んでいたんじゃないかと言われているので、鑑賞の際はぜひそこもあわせて観てみてください。どれもこれも、すごーくセンスが良いのです。しかし《春芳》、帯の柄も斬新だし、柄on柄になりまくっているにもかかわらず纏まって見えるのはすごいことだ。

 

 

第2章:文学と歴史を彩った女性たち

さて、この章からはいろいろな画家による個性豊かな女性像が展開されます。

この章で一番良かったのはダントツで月岡栄貴《鉢かつき姫》

月岡栄貴《鉢かつき姫》(山種美術館所蔵)

室町から江戸にかけて流行したおとぎ話「鉢かづき」のクライマックスを描いたものなんですが、もうハッピーエンドめがけて爆走するオーラがすごい(この話は最後、たたみかけるような大団円になる)。他の美人画に比べるとそこまで美人には描かれていないような気もするんだけど、そういうのを打ち消す“凝縮された可愛さ”がこの絵には詰まっています。

その《鉢かつき姫》の隣に並ぶのが、本展のフォトスポットにもなっている上村松園《砧》
世阿弥作『砧』を題材にしたもので、どんな話かというと、砧を打つとその音が遠く離れた夫のもとへ届いたという中国の故事に倣って、京都に行った夫の帰りを待ちわびる妻が砧を打つ話。(砧とは、アイロンみたいな用途に使った棒のこと)

上村松園《砧》(山種美術館所蔵)

夫を思いながら空の一角を仰いで月を見て、これから砧を打とうとする姿を「肖像のような又仏像のような気持で描いた」と松園は語っています。

これも「夫がいなくて淋しい」という悲哀の気持ちを表情豊かに出していないところが良い。夜にふと「砧を叩いたら向こうまで音が届くかな」と一人でぼんやり思う、淋しさとあどけなさみたいなものが、おそらく月が出ているであろう先へ向けた視線だけで語られているのが良い。さらには寒さで赤くなった指先で「ああ、一人で夜をすごしているんだな」と思わせるのもテクニックが凄まじい。

上村松園《砧》※部分
指先がほんのり赤く。手の指も同様になっています。しかしこの足の指、河鍋暁斎ぽい。

 

あと良いなと思ったのは小林古径《小督》。平家物語に出てくる琴の名手であり宮中ナンバーワンの美女・小督と高倉院のお話。何が良いって庵の中の女性たちは繊細な線で描かれているのに対し、茅葺屋根や樹(松?)が木骨で描かれているそのバランスが素晴らしい。

同じくバランスで言うと松岡映丘《斎宮の女御》。才色兼備な三十六歌仙の一人・斎宮の女御を描いたものなのですが、青々とした山を背に、人物は白描画のようなモノトーンで統一。唯一唇にだけ紅を置くところも、背景の山々と人物との空間もすべてが絶妙でした。

左:小林古径《小督》※双幅のうち左幅
右:松岡映丘《斎宮の女御》※部分
(ともに山種美術館所蔵)

そういえば9月18日にNHKで北斎の娘・お栄を主人公としたドラマ「眩」が放映されますね。本展には片岡球子の描いた《北斎の娘おゑい》も出品されています。

 

 

第3章:舞妓と芸妓

上村松園展のチラシには「同画題だからこそ気づく、男性画家と女性画家の視点の違い」という文言があります。

昨今コマーシャルやコピーなど、男性目線で作ったものと女性目線で作ったものの違いで炎上しているのを見かけるじゃないですか。本展ではそういった蔑視的な要素は皆無ですが、純粋に男と女では“美人”をどう捉え、どう描いているのだろうという「目線の違い」を楽しむことができます。

冒頭の見どころにも書きましたが、この章では「舞妓・芸妓」という同画題に沿った男女作家それぞれの美人画を展覧。実際一堂に会している様子を見ればその違いはかなりはっきりわかりますが、その中でボーダーレスなのが奥村土牛。私はこの章で奥村土牛による《舞妓》を推したい。

奥村土牛《舞妓》(山種美術館所蔵)

この絵が好きで、土牛展開催時には楽しみのひとつとしているのですが、土牛自身は舞妓のことを「お人形さんのような美しさ」と語っているんですよ。でも、この絵を観たら「いやいやそれだけじゃないでしょう」と言いたくなると思います。
だってこの目、口元を見てもらえばわかるけど、モデルとなった人物の気性や本質を見通したうえで描いている。土牛は舞妓の衣装や顔も含めて“舞妓”という存在の美しさを掴みたいと言っているけれど、そこにはしっかり舞妓であることを全うしている個人の生命みたいなものも描かれている。ちょっと猫みたいな顔したアーモンド形の瞳がかわいいこの女性の魅力は、残念ながら写真じゃ伝わりません。実際絵の前に立ってもらえば、土牛がどこまで描いたのかが分かると思います。

で、ですね。逆に「これは男性目線の美人だな!」とはっきりわかるのが橋本明治の《秋意》。もうポージングといい、上目遣いといい、わずかな微笑みといい、わかりやすすぎる(笑!

橋本明治《秋意》(山種美術館所蔵)

分かりやすいんですけど、実はこういう女性は頭が良くて一枚も二枚も上手だったりするわけですよ。橋本明治の描く女の人はみな賢そうだから、きっとそういう「なかなか思うようには振り向いてくれないんだよな~」系のいい女が好きだったのかもしれない。
まあ最終的に、各人の好みがわかるよねっていうのがこの章の最大の面白いところでしょうか。

 

 

第4章:古今の美人―和装の粋・洋装の華

第4章は企画展示室(大きな部屋)から山種コレクションルーム(奥の部屋)までを使って、江戸から現代までの美人画の変遷を一気に見て行こうという、美術的視点とジャーナリスティックな視点の両方が楽しめる章です。

個人的には一番ここが面白かった。

まず月岡芳年《風俗三十二相》が最高なんですよ。かなりダイナミックに女性の表情を描いている。で、「こういう表情豊かな女の子ってかわいいよね~」という気持ちが前面に出ている(笑。 あの、東京メトロの石原さとみさんが美味しそうに何かを食べたり、魚が釣れなくて困ったりする、ああいう感じの健康的なかわいさ。でもほつれた髪とか、唇とかがちゃんとエロいっていう。
女性を性の対象としか見ていない!っていうエロさじゃなくて、同性でも「ああかわいいな」と思えてしまうのは、やはり健康的に描かれているからでしょうか。生きることがすごく楽しそうなんですよね、芳年の風俗画に出てくる女性は。

あと、山種所蔵作品のなかで大好きな《虫売り》(伊藤小坡作)が出ていて嬉しかったのですが、その近くにあった菱田春草《桜下美人図》のインパクトがすごすぎてな……。

菱田春草《桜下美人図》(山種美術館所蔵)

これ、パッと見普通に見えるんだけど、右下がおかしいのです。

菱田春草《桜下美人図》※部分

犬の顔が愉快すぎるし、その隣の女の人の等身もなんだか不思議。菱田春草、あの《黒き猫》の人なんですが、こういう時代もあったのね……。でもそんなこともどうでも良くなってしまうほど、女性たちの装いはそれぞれにおしゃれだし、髪型も、控えめに微笑んだ顔もとても愛らしい。

 

―――はい。ここで私は美人画から脱線して1つの作品について語りたいと思います。

池田輝方の《夕立》

池田輝方《夕立》(山種美術館所蔵)

大作ですよ。六曲一双の屏風絵です。
急に降り出した雨。あわてて雨宿りする人、濡れた着物の裾を絞る人、今にも湿気がこちら側へ漂ってきそうな瞬間。
そんな中、今まさに傘を開こうとする右隻の一扇(右端)の男の人
めっっっちゃかっこよくないですか……?そして三人娘がかすむくらい色気ないですか??????そんでそんで、右隻の五扇の人も、なんというか只ならぬ気配じゃないですか!?!?

ということで脳内で屏風を一旦閉じ、そしてゆっくり開いてみてほしい。

すると、あれ?なんか……もしかして、BというかLというか……(BL)ぽくはないですか!?!?!?!?

池田輝方《夕立》※部分

いやもう私はこの絵を観た瞬間心の中で「みんな―――!ここにものすごく美しい屏風絵があるから早く来て!!今すぐ来て!!!!」って大騒ぎだったんですが、まあこんなこと考えてんのは私くらいかなと口を閉ざしていたんですけど、その場にいたBLを一切読んだことがない男性から「BLというのはこういう感じなのでしょうか」と尋ねられ、「やっぱり!?やっぱりそう思いました!?」と大興奮してしまったんですよね……。

いやほんっとね、すっごい綺麗なんです。とにかく切ない気持ちになる。あんまり書くと池田輝方ファンから怒られるかもしれないから控えますが、ほんっとに綺麗だから観てほしい。もう眩いの。雨の匂いや湿気が漂ってきそうなほど雰囲気抜群だわ映画のワンシーンみたいだわで最高神なので絶対に見逃してほしくない一点です。左隻の男女は2人を心配そうに見守るモブにも見えるしね……。

池田輝方《夕立》※部分
左隻から二人を見守るモブ。というのは冗談ですが、輝方は女性より男性の方が美しく描かれている気がする……

 

同じような目線で語ると、鏑木清方《女主人公》も「百合か……⁉」っていう構図でぐっときますので是非に。(小杉天外作『魔風恋風』という三角関係ものの口絵です)

さて、この章では前述のとおり現代までの美人画を網羅しています。
山種コレクションルームである少し奥まった展示室へ向かうと、伊東深水、林武、和田英作、北田克己、京都絵美の作品がずらり。京都絵美さんは先日三越で行われていた「HOPES 次世代百選展」でも印象的な花の絵を描いていらっしゃいましたが、なんというか、改めて美人画の歴史を凝縮して追ってくると、過去のどの美人画とも違う、新しい女性像というのは確実に生まれているんだなと実感するんですよね。

京都絵美《ゆめうつつ》(山種美術館所蔵)

現代を生きている作家である京都さんも北田さんも、外へ向けての像ではなく、内側の精神世界を可視化し、投影しているというか。
そう考えると、ひとくちに「美人画」と言っても、松園のように清澄な感じのする香高い珠玉のようなものを描いたものもあれば、異性から見た美人というイメージを具現化させたものもある。また、装いの面で見ても時代時代で美しいとされるものは変わっている。そもそもの「美人」というものの定義も、時代と共に変わっている。

ということは、「美人画」というものは、歴史や文化の変化を観測する1つの定点の役割を担っていると言えるのではないでしょうか。

上村松園《庭の雪》(山種美術館所蔵)

こちらは第1章にある松園の《庭の雪》という作品。この髪型は「お染髷」といって江戸後期から明治にかけて京都の10代の女の子たちの間で流行したもので、襟に掛かった布は「襟袈裟」と呼ばれた整髪料が襟につくのを防いだもの。こちらも上方の若い女の子の間で流行したものですが、このように松園は失われゆく服飾文化を厳密に取材したうえで積極的に作品に取り込んでおり、いわばアーカイブの役目も果たしています。

ぜひ3年ないし5年後あたりに、再度「美人画の精華」展を観てみたい。時代が変わったとき、自分を含めた鑑賞者は松園をはじめとする画家たちが描いた美人画をどう捉えるのか。
新しい美人画はどうなっているのか。
その時代の美人とは、どういったものがイメージされるのか。

そういった移ろいを含めて楽しむことが、もしかしたら「美人画」の醍醐味なのかもしれません。

……で、醍醐味と言えば山種美術館に来館したら味をみたいのがcafe椿の企画展イメージ和菓子。ここまでが展覧会といっても過言ではないほど、今回も可愛らしく美味しい和菓子が登場しています。
私は道成寺をいただきましたが、初ほたるも気になるので後期になったらまた訪れようかなと思います。

 

【企画展】上村松園 ー美人画の精華ー
会期:~10月22日(日) 月曜休館  ※ただし9/18、10/9は開館、9/19、10/10は休館
(前期:~9/24まで 後期:9/26~10/22まで)
会場:山種美術館
開館時間:10時~17時(入館は16時30分まで)

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