ジュリア・マーガレット・キャメロン展行ってきた

@三菱一号館美術館
イントロ

ジュリア・マーガレット・キャメロンをご存知ですか?

1863年末に初めてカメラを手にしたジュリア・マーガレット・キャメロンは、記録媒体にすぎなかった写真を、芸術の次元にまで引き上げようと試みた、写真史上重要な人物です。(展覧会チラシより抜粋)」

そう、重要な人物なんです!……が、大学で写真を学んだくせに私は彼女を存じませんで、いや、たぶん講義には出てきたんだと思うんだけど、忘れちゃってんのかとにかく存じませんで……

たけさんたち
左より、写真美術館の三井学芸員、ブログ「青い日記帳」管理人takさん、野口学芸グループ長、高橋館長

そんなわけで詳しく知りたいと思い、三菱一号館美術館の野口玲一学芸グループ長のお話も聞けるブロガー内覧会に参加してきました。この日、9月にリニューアルオープンする東京都写真美術館の三井圭司学芸員もいらしており、キャメロンについていろいろ伺うことができたりと内容の濃い情報をたくさん得られ、充実した時間となりました。(※写真は美術館の許可を得て撮影しています)

さて、ジュリア・マーガレット・キャメロン。どんな人だったのかというと、父親が東インド会社のお偉いさんで母親がフランス貴族というアッパークラス出身であり、年上の旦那さんもインドで法律や教育制度の改革に携わった人だったりと一言でいえば富裕層。美人ぞろいで有名な一家だったけれど、残念ながらキャメロンはそれほどでもなく……というのがコンプレックスだったのか、人一倍「美を捕らえる」ことに熱意があったのだそうな。旦那の仕事引退を機にイギリスへ戻り、ワイト島の高級リゾート地・フレッシュウォーターでのんびり暮らしていた48歳のキャメロンは「写真でもやったりしてみたら?」と娘夫婦からカメラをプレゼントされ、あれよあれよという間にどハマリし、精力的に作品を作ることになるのですが……というのがイントロダクション。

で、ここからがすごい。この展覧会の見どころは、150年前にこのセンスで写真撮ってた人がいたんだよ!ということと、この人の猪突猛進ぷりすげーから知って!というところなんじゃないでしょうか。いや、実際、48で芸術に目覚めた人が業界的にも未開拓の分野で本気でガンガン突き進むにはこれくらいやんないとダメなんだろうよっていう良い例だと思います。ともすれば失笑で一蹴されてしまうところを形にしてみせたのは、やはり才能、そして何より根性と信念があったからなんじゃないかな。とかく芸術家は繊細で気難しいと思われがちな世の中で、いやいやアグレッシブじゃないとやっていけなかったりもするんだよっていうのがひしひしと伝わってきました。彼女に無茶振りされまくったサウスケンジントン博物館の人は大変だったでしょうけど……

 

娘夫婦からカメラを渡され、作品つくりを始めたキャメロンは最初に肖像写真制作に勤しみます。もともとカメラというものは風景画をより写実的に描くための「カメラオブスキュラ」という道具から派生したもので、写真機としてのカメラが生まれて40年弱の当時は、風景やら肖像やら、とにかく”現実にあるものを記録するための道具”だったわけです。カメラっていうのはそういうもの。それが当然の概念だったわけです。
ところがキャメロンは物語性の強いフィクションの世界を作り上げ、それを被写体としていきます。
家政婦に聖母マリアのコスプレをさせたり、孫をキリスト役にして撮影したり。つまり現実ではなく、”作り込んだ世界”を撮影したのです。(家政婦のメアリさんはその後周囲から”聖母メアリ”と呼ばれたりしたそうですが……)

左:休息の聖母 ―希望に安らいで 右上:献身 右下:十字架の影
左:≪休息の聖母 ―希望に安らいで≫
右上:≪献身≫
右下:≪十字架の影≫

で、これが権威ある人々からどういう評価を得たかというと、ズバリ「写真でそういうことやるの、気持ち悪い!」でした(泣
日ごろ芸術写真に触れている私たちは、作り込んだ世界を撮影するなんて普通のこと。むしろ「良く表現されてるな~」なんて感心したりするのですが、前述のとおりこの時代は写真=真実をそのまま写すもの。神話や宗教の世界を視覚的に表現するのは絵画の役割であり、芸術写真という領域は確立されていなかったのです。三井さん曰く「完璧に完成されているアニメをわざわざおかしな実写版にするような違和感(例:実写版 戦艦ヤ○ト)」だそうで、うん、わかる(笑)!確かに気持ち悪いというか拒否反応起こす!……というような感情を人々はキャメロンの写真に抱いたのでした。
ところがキャメロンはそんな評価はどこ吹く風。写真が「精神を高みに引き上げ、道徳的な示唆をもたらす存在」となることを目指し、敬虔なキリスト教徒であった彼女は聖母と幼子をモチーフにして泉のように湧き出るアイデアをアウトプットさせていきます。あまりにのめり込みすぎてモデルになってくれた身近な人たちを炎天下に何時間も静止させておくなど周囲を顧みない面もありましたが、その情熱は人々を巻き込んでどんどん燃え上がりました。

ミューズの囁き (モデルのジョージ・フレデリック・ウォッツは画家であり彫刻家。キャメロンの良き相談相手となったそう)
≪ミューズの囁き≫
(モデルのジョージ・フレデリック・ウォッツは画家であり彫刻家。キャメロンの良き相談相手となったそう)

「とはいえ、どうせ金持ちのおばさんが道楽に熱中したってだけの話でしょ?」
まあ、要はね。しかし三井さんは仰います。「当時のカメラがどれだけ面倒臭い機材だったか!どれだけ大仰だったか!それを知ってもまだそう言えるのか!?」
そうなんです。当時のカメラ(写真機)って、めっちゃ大きいんです。なんせネガ=印画紙(1:1、引き伸ばし不可)の大きさなので……。そしてそのうえ処理が大変なんです。

もともと”カメラオブスキュラ”という風景をトレースする絵画のためのその道具は、1826年にニエプスという人によってアスファルトを感光材料に使い、世界で初めて「写真」というものとしてスタートを切ります。ただ、アスファルトじゃ現像時間も長すぎてシャレにならんから改良版作ろうっていうんでニエプスはダゲールという人と組んで銀を使った銀板写真を作りました(ダゲレオタイプと呼ばれるもの)。
しかしこの方法では我々昭和生まれが愛した「焼き増し」ができないのだ!というわけで、イギリス人のタルボットが紙を使ったネガポジ法を生み出します。※ちなみにこの時、世界初の写真集『自然の鉛筆(フォックス・タルボット著)』がこの焼き増しシステムによって出版されました。
ネガポジ法は画期的でしたが、いかんせん紙じゃ画像のシャープさが足りない……というわけで、1851年にイギリス人のアーチャーがガラス版にコロジオンという感光材料を塗ってそれをネガにする「湿版写真」を発明。長くなりましたが、これがキャメロンの使っていたカメラです。
この湿版写真、感度が良くなったため露光時間(シャッタースピード)が格段に短くてすむようになったのですが、ガラス版に塗ったコロジオンが乾かないうちに撮影→現像を終わらせねばならないという時間との闘いスタイル。
現像まで終わらせるってことは、暗室が近くにないとダメ。よって屋外での撮影にはなんと携行暗室も必要だったのです。手軽なロールタイプの小型フィルムがコダックから発売されるのはキャメロンが没してから10年後。つまり48歳のおばさんはめちゃくちゃ重い箱を持って暗室も引っ提げて、時間とも戦いながら自分の頭の中にあるビジュアルを全力でアウトプットしていたわけです。カメラもシャッターなんてものは付いてないから、シャッタースピードを自分で計算して手動で露光。莫大な時間と手間をかけてせっかく撮影した写真も、1つのミスで最初からやり直しなんてこともザラ。決して生半可な気持ちじゃこんな重労働はできない。並々ならぬ情熱がないとあれらの写真は撮影できない時代でした。

左:≪吟遊詩人の一行≫ 右上:≪アハシュエロスと王妃エステル―旧約聖書外伝≫ 右下:≪修道士ロレンスとジュリエット≫ 小道具にもこの拘りよう。機材や技術だけでなく、細部にまで情熱をつぎ込んでいたことがわかる
左:≪吟遊詩人の一行≫
右上:≪アハシュエロスと王妃エステル―旧約聖書外伝≫
右下:≪修道士ロレンスとジュリエット≫
小道具にもこの拘りよう。機材や技術だけでなく、細部にまで情熱をつぎ込んでいた様子がうかがえる

もうちょっと言うと、いくら露光時間が短くなったとはいえ現代のようにISO800とか3200とかの感光材はありません。なんとISO1!ISO1だと屋内の場合は約15秒くらいは必要みたいですね。実際ISO100で設定した一眼レフでも、手持ちで1秒撮影したら結構ブレてるもんなんです。三脚立てたところで風が吹いたりモデルが呼吸したりすればすぐブレます。だから撮る方も撮られる方も必死だった。で、何が言いたいかというと、キャメロンの作品は結構ブレが目立つ。目立つんだけど、「あれ?もしかして意図的にやってる?」というのがいくつか作品を見ていくとわかるんです。予測不可能なブレを極力失くすためにみんなが必死になっているところで、敢えてブレをコントロールして表現に繋げるという攻めの姿勢。

目を潤んでいるように見せるため、人物の柔らかさを表現するため(フォギーフィルターの役割)、そして躍動感を与えるために、敢えてブレさせているのです。そのため露光時間が1秒で済むところをわざと長時間露光に設定して撮影。こういった撮影方法について『フォトグラフィック・ニューズ』からは「独創的なのは認めるけど、写真の持つ長所がすべて軽視され、短所が目立ってますよ」なんて批判されたりしましたが、無視!今でこそ敢えてのブレボケ写真は表現技法のひとつとして考えられているけれど、それを150年前に(非難されても貫いて)やってるっていうのがすごい。しかも写真始めたばかりの人が。いや、もしかしたら「始めたばかり」だからこそルールに捕らわれることなくイメージ優先で常識を打破することができたのかもしれません。

なんでこんなに説明多いのかって言うと、こういうのを踏まえた上で観ないとキャメロンの凄さっていうのが伝わりにくいからなんです。説明無いと凄さが分からないってダメなんじゃない?と思うなかれ。キャメロンの写真を観るとその感性が現代的すぎるから、我々にはつい「普通」に見えてしまうんです。アングルも、トリミングも、表現も、私たちが日ごろ触れている芸術写真にとても近い。「特に新しさを感じない」ことが実はこの展覧会のポイントなのです。
彼女がこういった写真を撮っていたその頃の日本は江戸時代。昨年末に江戸東京博物館にて行われていた「浮世絵から写真へ―視覚の文明開化―」で扱っていた時代と同時期です。写真機が輸入されてきて、「写真」という分野が未開の地だった日本では、記録なのか肖像なのか芸術なのか向き合うジャンルが曖昧なまま、上野彦馬をはじめとする先人たちが手探りで道を切り拓いていました。

それは西洋でも同じこと。その道の一つを周囲の評価に臆することなく150年前に切り拓いたのが、このジュリア・マーガレット・キャメロンであり、今日私たちが当たり前のように感じている写真に対する感覚の一部は、まさにここに展示されている作品から始まっているのです。

そう考えるとちょっと見過ごせなくなりませんか?我々はキャメロンを知らないはずのに、キャメロンの持っていた感覚が既に我々の中にあったのですから。

 

キャメロンはただ作品を作り続けたわけではなく、ちゃんと営業も行っていました。自分で仕上がりを見て満足できればそれでいい、では終わらなかった。
その怒涛の営業先となったのがサウスケンジントン博物館です。
展示室に幾度となく登場するキャメロンから博物館への手紙。
「新作、最高に良くできたから博物館で展示してくれませんか?」「スタジオが必要だから博物館の部屋を貸してほしいのですが」「王室のモデルを紹介してくれませんか」などなど、さすがに最後のは「自分でやれよw」とツッコミを入れたくなりますが、博物館側はかなりキャメロンに協力的でしたし、なによりその芸術性を買っていました。というのも、散々業界が辛辣に批判した物語性・寓意性の高い作品を中心に購入しているのです。

また、キャメロンは大英博物館にもアプローチしています(こちらは寄贈)。カメラを手にした数か月後にキリスト教の「9つの美徳」という抽象的な概念を写真で表現するというテーマ性の強い組写真。全9点の大作ですが、ひとつの額に収めて寄贈したというからかなりの気合いの入れようです。

≪精霊の実≫
≪精霊の実≫

この組写真という試み、結構良いと思うのだけれど、10年後に詩人・テニスンの『詩集・国王牧歌』の挿図を担当するまでやらなかったそう。『詩集・国王牧歌』の写真、かなりファンタジー系で最高なんですけど、予算の関係でボツになったそうな。勿体ないです。エドマンド・デュラックとか、カイ・ニールセンの描く魔法の物語のようでとっても良いのに。

『詩集・国王牧歌』
『詩集・国王牧歌』

 

……このように意欲的に制作を行っていたキャメロンですが、ついに「そこまで来たかー!!」みたいな作品に到達します。

スクラッチや多重露光(この場合はネガの重ね合わせ)、シダの葉での覆い焼き、大胆なピンボケ写真。スクラッチに至っては、単なるひっかき傷ではなく、背景を「線画で描写」したものもありました。すげえ。チャレンジ精神とアイデア、すげえよキャメロン。偶然の産物だったみたいだけど、台紙が大きく剥がれた作品は、まるでコラージュのよう。もう少し長生きしたら、実際にコラージュ写真の作製に踏み切ったりしたのではないでしょうか。

ジュリア・ジャクスン なんと背景をひっかき傷による線画で表現している。
≪ジュリア・ジャクスン≫
なんと背景をひっかき傷による線画で表現している
孫アーチー、2歳3ヶ月、ユージン・キャメロン(ロイヤル・アカデミー会長)の息子 ネガの重ね焼きで多重露光のような演出をしている。
≪孫アーチー、2歳3ヶ月、ユージン・キャメロン(ロイヤル・アカデミー会長)の息子≫
ネガの重ね焼きで多重露光のような演出をしている
群像(パーシー・キーオンと少女) 大胆に台紙がはがされており(これはアクシデント?)、コラージュのような趣も感じる
≪群像(パーシー・キーオンと少女)≫
大胆に台紙がはがされており(これはアクシデント?)、コラージュのような趣も感じる

とはいえ全部が全部実験のような作品だったのではなく、正攻法で作ったものもありました。それに関してはネガにひび割れが起ったことを悲しんでいたようです。

≪守護天使≫ 自信作だったようだが、歓迎できないクラック(ひび割れ)のアクシデントに見舞われてしまったらしく、本人は嘆いている
≪守護天使≫
自信作だったようだが、歓迎できないクラック(ひび割れ)のアクシデントに見舞われてしまったらしく、本人は嘆いている

 

さて、キャメロンと同時代の写真家はどんな作品を作っていたのでしょうか。
今回同時代の作家の作品もバランス良く数点展示されています。

多くの人が知っている『不思議の国のアリス』の作者、ルイス・キャロル。
彼女と同様に子どもを被写体にすることが多かったキャロルはこう記しています。
「彼女は私の被写体の幾人かを、焦点をはずして撮ってみたいと言いました。――そして私も、彼女の被写体について同じ思いを伝えました」。うーん、意味深……。

≪クシー・チキン≫ ルイス・キャロル
≪クシー・チキン≫
ルイス・キャロル

フランシス・フリスはオリエンタルな風景写真で大衆的な人気を集めた写真家。どこか18世紀にイギリスで流行した「カプリッチョ(奇想画)」にも通じる趣があります。写真で撮影=もう奇想ではなく現実としてこの風景を味わえるということが人気を呼んだのでしょうか。

≪テーベ、エル=クルネのラムセス神殿≫ フランシス・フリス
≪テーベ、エル=クルネのラムセス神殿≫
フランシス・フリス

個人的に好きだったのはこの二人!ヘンリー・ピーチ・ロビンソンとギュスターヴ・ル・グレイ。二人とも焼きと露光が上手い!キャプション読むと納得なのですが、ロビンソンは卓越した暗室技術を持っており、6枚のネガを並べ合わせて1つに焼くことができたのだとか。

≪一日の仕事を終えて≫ ヘンリー・ピーチ・ロビンソン
≪一日の仕事を終えて≫
ヘンリー・ピーチ・ロビンソン

また、ル・グレイはもともと画家で、当時海と空を一度の露光で適正に収めることができなかった当時の薬剤において(現代でも測光は難しいけど)、両者を別々に撮影したネガを一緒にプリントすることでドラマティックな演出を生み出すことを試みたそうです。なんだ、この人たちも結構冒険してますね。

≪地中海―セト≫ ギュスターヴ・ル・グレイ
≪地中海―セト≫
ギュスターヴ・ル・グレイ

 

こういった先人たちのセンスや挑戦は後の世代の写真家にも大きな影響を与えました。ここで紹介されているのはピーター・ヘンリー・エマーソン、アルフレッド・スティーグリッツ、そしてサリー・マン。
あれだけ酷評されたキャメロンですが、没後評価がばんばん上がってですね……本人は「今更遅い」とさぞ悔しかったでしょうが、ま、スティーグリッツも称賛してるんだし、そこは天国で大いに自慢してほしいと思います。

 

長くなってしまいましたが、誰もが目にしたことがあるような有名な作品はもちろん素晴らしいけれど、それらだけが今日まで続いている写真の軌跡を作ってきたわけではないということが今回よくわかりました。
「ジュリア・マーガレット・キャメロンは写真を芸術の次元にまで引き上げようと試みた、写真史上重要な人物です。」
うん。確かに。引き上げようとしたどころか、芸術写真に対する感覚の土台も作っていましたね。
そんな彼女の最初の「成功作」はこちら。
その後写真史上重要な人物となるキャメロンは、写真の虜になった瞬間、こんな言葉を遺していました。

アニー
≪アニー≫

喜びに我を忘れ、家中走り回ってその子(モデル)にあげる贈り物を探しました。
もっぱら彼女がその写真を生み出してくれたかのように感じたのです。

 

From Life―写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展
会場:三菱一号館美術館
期間:~9/19(月・祝) ※月曜休館。ただし、祝日と9/12は開館
時間:10:00-18:00(入館は閉館の30分前まで) ※金曜、第2水曜、会期最終週平日は~20:00

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